2006年12月31日

●今年はいろいろありました。

2006年も終わり。
まあ、いろいろありました。

卒業。
2度目だから、まあ特にね。

転職。
これは何度目でもやっぱり、大変。
書けない事ばかりだけど。
生徒に迷惑かかるといけないからねえ。

発表。
セミナー講師という形で発表しました。
その後のやり取り等には、まあいろいろ思うところもありますが、1つの区切りがつきました。

解散。
シダックスの解散。よりによって、試合をほとんど見ることが出来なかったこの年に。これが一番心残り。無理してでも、都市対抗予選行けばよかったなあ。

さて、来年は。。。

どうなることやら。

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2006年12月30日

●近年最長。

ようやく体調が回復。
まったく、手付かずの年賀状作成にとりかかる。
元日到着は絶望的。。。

というか、29日にようやくパソコンを少し開いた。ここ最近では最長期間。

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2006年12月29日

●水軍城もね。

阿波水軍居城の石垣発見 阿南・椿泊小跡地、111年ぶり姿現す(徳島新聞)
 阿南市椿泊町の椿泊小学校の跡地から、阿波水軍(森水軍)の居城だった「松鶴城」の石垣が見つかった。1895(明治28)年、城跡に同校の最初の校舎が建設されて以降、石垣など城の遺構の存在は分かっていなかったが、校舎の新築工事に伴う発掘調査で、111年ぶりにその姿を現した。  石垣は長さ約四十メートル、高さ約一・四メートル。江戸初期から明治末期にかけて、城の拡張のために作られたとみられる高さ約二メートルの石垣の内側で見つかった。小さめの石をほとんど加工せずに積み重ねた「野づら積み」で、海に降りるための階段も残っている。

写真を見る限り、なかなかの石垣。
小学校の建て替え工事を受けての発掘調査で、見つかったもので、工事で一部が壊され、残りは埋め戻されるという。なんとももったいない。同じ教育委員会の管轄なんだから、どうにかならないものか。
水軍城というのも、結構興味はある。

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2006年12月28日

●仕事納め(一応)

追試のために学校に。
25日からダウンしていたため、何とか気力を振り絞っていく。
ぜんぜん力が入りません。
これが正真正銘の仕事納め。
少し外出して元気になった?

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2006年12月27日

●嫌いじゃないけど。。。

そういえば、先日ポスティングを要求した楽天の非公認マスコットのカラスコにオファーがあったそうだ。
プロレス団体からのオファーは予想通りとして、今日球団のの公式HPに発表になった団体が
・仙台市環境局
・宮城県生活環境部
・日本小型自動車振興会

とは、随分とノリのいいことだ。特に、小型自動車振興会の申請書はノリノリ過ぎる。
こういうノリは嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、何かほかにすべきことがあるような。入札金で補強デモするなら別だけど。

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2006年12月26日

●最近気付いたこと

入試では採点するんだね。
今までの感覚で、試験監督とか答案整理のことしか頭に無かった。
講師とはいえ、教員だもんね。

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2006年12月25日

●せっかくのタイミングなのに

武田の館跡で幻の門、出土(朝日新聞山梨県版)
戦国武将・武田信玄が1551年前後に設けたとみられる土壁と門の跡が、甲府市古府中町の武田の館跡(現・武田神社)で22日までに見つかった。これまで、この門の存在は文献などでも確認されていなかった。土壁は門の一部に使われたとみられ、厚さもわかる状態。専門家らは「謎の多い当時の館の姿を知る貴重な資料」と評価している。
どういうわけか、武田の館跡というずいぶんと大雑把な表現。なんで、武田氏館or躑躅ヶ崎館と書かないんだろう。 写真を見る限り、よく土壁の一部と気付いたもんだ。しかも、水路も見つかっているというから、発掘調査報告は楽しみ。もう埋めてしまうのがなんとももったいない。いいタイミングでの発掘成果なのにね。 そういや、躑躅ヶ崎館といえば、立ち入り禁止の天守台に一度行ってみたい。
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2006年12月24日

●復元なるか。

高松城天守閣の「穴蔵」確認-発掘調査(四国新聞)  発掘調査が進む高松城(香川県高松市玉藻町)の天守閣跡で二十二日、天守台の石垣の側面から天守閣の玄関にあたる穴蔵(天守閣の一階部分)の入り口が見つかった。天守台上面では穴蔵の輪郭を示す石積みが姿を現し、古文書しか資料のなかった穴蔵の存在が確認された。石積みの周囲には天守閣の礎石も見つかり、調査開始早々、これまで謎だった天守閣の構造の解明につながる発見が相次いでいる。

天守復元を見据えた発掘調査で、いきなりの発見。古写真も最近見つかったらしく、復元に向けて、調査は順調なようだ。とはいえ、まだまだ間取りの類推は難しいので、先は長いか。

とりあえず、やっつけの復元だけはしないでほしい。

そういや、今日ってなんだっけ。まいいっか。

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2006年12月23日

●三十路の会

忘年会シリーズの最後。

今日は「三十路の会」。

メンバーも3人で、シリーズ中一番、落ち着いた飲み会。意外に飲んだ。

改めてじっくり話す初めての機会だったりしたし。

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2006年12月22日

●フルスタ?

信長の側室「お鍋の方」の居館か 高野館遺跡で遺構発見(中日新聞)
 東近江市永源寺高野町の高野館(たかのやかた)遺跡から16世紀後半の石垣、スロープと考えられる遺構が見つかったと22日、同市教育委員会が発表した。地方豪族の居館と比べ規模が大きく、市教委は「近くに信長の側室『お鍋の方』が信長没後、秀吉から屋敷を賜った所として伝わる高野城遺跡があり、居館の可能性がある」としている。

側室の居館に石垣が使われているとは、さすが信長というか秀吉というか。しかもレンガが出てくるとはねえ。なかなか見逃せない発見かも。

レンガが発掘といえば、春先のフルスタのマウンドを思い出す。

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2006年12月21日

●おおっ!

秩父に新たな城館跡? アマチュア研究家が発見(埼玉新聞)
 秩父市荒川贄川(にえがわ)の市立荒川西小学校の裏山で、山城跡とみられる人工的な平場遺構を確認した地元のアマチュア研究家で埼玉城郭探訪会代表の持永正夫さん(64)が二十四日、現地説明会を開く。文献資料は見つかっていないが、専門家も城館跡と認めているといい、持永さんは「贄川城」と名付けた。  県教委の調査で、県内には六百七十九件、秩父地域には四十七件の城館跡があるという。研究が進めば「贄川城」は晴れて四十八件目になる。

他県での発見のニュースはよく見たけど、埼玉県では初めて。

一応、埼玉県内の城館は679なのか。齋藤慎一さんが深谷市での講演のときに、

問:埼玉県にはいくつ城がありますか?
答:わからない

なんてのがあった。

この場合の「わからない」は、「実数の把握は困難」という意味で、いわゆる専門家ジョークだったけど、こうして発見されるように増え続ける。逆に、城館跡ではないと減る可能性も無きにしも非ず。

この城もまだまだ検討が必要だろう。まず、記事にあるように物見だとしたら、どこの城の物見として機能していたかが大事。

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2006年12月20日

●早いけど。

2学期の最終授業。

ということで、とりあえずは仕事納めになるのかな。

夜は蛇合戦。ん?

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2006年12月19日

●上書きでいいのかな。

OPERA9.1がリリースされていた。

早速変えてみるかな。

ただ、OPERAの場合に厄介なのが、上書きしていいのかどうか。

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2006年12月18日

●今でも発掘されるのね。

玄関口「くせ者は通さぬ」 姫路城内堀から刺股出土(神戸新聞)
 世界文化遺産・国宝姫路城(姫路市)の玄関口「大手門」周辺の発掘調査で十七日までに、内堀から江戸時代のものとみられる刺(さす)股(また)が出土した。内堀には明治初期まで「桜門橋」と呼ばれる木橋が架かっていたが、同市埋蔵文化財センターは「桜門橋付近にあった番所に配備されていた可能性が高い。絵図でしか分からなかった玄関口の実態を知る上で貴重な史料になる」としている。

 見つかった刺股は、先端の金属製の部分で長さ約三十センチ。江戸時代の堀底にたい積していた約五十センチの泥の中から、二つに折れた状態で見つかった。さらに、堀底からは鎹(かすがい)約三十点、くぎ約十点、のみの刃一点も出土。鎹やくぎは、桜門橋に使われたとみられ、明治初期に陸軍が土橋に架け替えた際に埋まった可能性があるという。


姫路城でもまだ出てくるんだね。建物が残っている分、発掘調査はあまり行われていたって事なのだろうか。

とりあえず、平成の大改修の前にもう一度行かないと。

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2006年12月17日

●さすがはドコモ?

今度はauがMNP停止か。

MNPで一人勝ち状態のauだけに、処理が追いつかなくなったのだろうか。だとしたら、MNP開始当初のような気もするけど。

こうやって見ると、いまだにシステム障害の起こらないドコモはさすがというべきか。

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2006年12月16日

●権藤、権藤、、、

夜から忘年会。

今日から、忘年会続き。

今のところ、このあと1週間で月水金土と入っている。

なんだか、権藤、権藤、雨権藤、、、って感じだな。お金もだけど、体力が持つのだとうか。

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2006年12月15日

●だったら、更新も忘れずに。

「安土城之図」を再び探索 町が1月から海外調査団派遣(京都新聞)
 滋賀県安土町は14日、織田信長がローマ法王に献上したとされる屏風(びょうぶ)絵「安土城之図」を探すため、来年1月11日から調査団をバチカンとイタリアに派遣すると発表した。同町からの派遣は2005年に続き2度目。今回は歴代法王の財産目録などを収蔵するバチカン秘密古文書館の訪問も含まれており、関係者は、幻の屏風絵発見につながる手がかりをつかみたいとしている。
安土城はかなりやる気だなあ。記事にあるように、見つからなくとも、調査の積み重ねは重要なのは確か。西洋美術の教授なんだね。 それはそうと、4月以降まったく更新されていないビョウブログをどうにかしようよ。
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2006年12月14日

●判決は複雑怪奇?

ウイニー開発者に有罪判決ねえ。
確かに、違法行為への認識はあったのは確かなのかもしれないけど、だからといって、有罪になるのはどうだろう。だとすると、犯罪に使われた凶器を製造した会社も訴えられるということなのか?
「技術としては価値中立的」としながらも、この判決。三菱のリコール隠しの無罪といい、いやはや。

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2006年12月13日

●武田系?

武田の築城法生き生き 諏訪原城跡現地説明会 島田(静岡新聞)
 島田市博物館は10日、発掘調査を進めている国指定史跡・諏訪原城跡(同市菊川)の現地説明会を行った。発掘調査は平成16年度から始まり、説明会は今回が初めて。午前の部、午後の部に合わせて60人が参加した。
 諏訪原城は天正元年(1573年)に武田勝頼が家臣の馬場美濃守氏勝に命じて築城させたとされ、現存するのはこのころの遺構という。戦国時代末期の築城法の特徴が残っていて、空堀や土塁などの保存が良好。同3年に徳川家康の手に落ち、「牧野城」と改名されて以降に増築された大手曲輪(くるわ)と呼ばれる方形の曲輪も確認されている。

武田の築城法というと、武田系城郭議論を思い出してしまうが、そこまでの意味はなさそうだ。後は気になるのが、のろし台の存在。遺構か何かあるのだろうか。

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2006年12月12日

●いつも言ってる気がする。

名護屋城の前田利家陣 主要遺構明らかに(佐賀新聞)
 国特別史跡・名護屋城跡(唐津市鎮西町)を調査している県立名護屋城博物館は11日、前田利家陣跡の発掘成果を「保存整備委員会」で報告した。これまでに見つかっていた城郭に匹敵する石垣や虎口(出入り口)のほか、大規模な邸宅部分の遺構も発見され、軍事的要素と滞在拠点としての性格を併せ持っていたことが分かった。豊臣秀吉の補佐的な役割を果たした有力大名の陣跡の主要遺構が明らかになったのは初めて。
名護屋城はいろいろ出てくるなあ。秀吉の庭園なんていうのも以前出てきたはず。陣城としては破格の規模の城で、九州地方の織豊系城郭、近世城郭の原点といってもいいような城だけに、見逃せない。そういや、絵図も見つかっていたな。 いずれにせよ、熊本城と並んで、九州で行きたい城。
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2006年12月11日

●流行なのか。

馬谷城跡で測量調査 白浜町教委 (和歌山新聞)
 白浜町教委は2日から10日まで、中世の紀南で力を持っていた安宅氏の家臣が築城したと言い伝えられる同町富田、要害山(馬谷)城跡の測量調査をした。今回は本丸や曲輪(くるわ)を中心に行い、来年2月には連続して造られた畝(うね)状の竪堀群などを測量調査する。
連続畝状竪掘群か。そういえば、今年の夏の城郭研究者セミナーでも話題になっていたな。なんだか、最近良く耳にする。 あとは交通の要所に立地しているということで、伝えの城として機能した時期は無いのかも気になる。
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2006年12月10日

●久々づくし。

午前中に検定。まあまあの出来。人間は忘却の生き物ですな。会場は前の職場兼母校だったので、久々に行って懐かしい気分。
その後は忘年会。久々にカラオケも。
これから忘年会関係がやたらと続く。楽しみでもあり、出費や疲れに不安もあり。

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2006年12月09日

●「最後」という響きは麻薬。

山口市の国史跡・大内氏館跡 池泉庭園9日現地説明 復元整備控え最後の公開(西日本新聞山口)  山口市大殿大路の国指定史跡・大内氏館跡の復元整備に伴う発掘調査を進めている同市教委は9日午後1時から、室町時代の池泉庭園を再発掘した第31次調査の現地説明会を開く。雨天決行。参加無料。今後、現場周辺は復元整備事業に入るため、発掘された状態の庭園を見学できる最後の機会となる。
最後の公開という言葉に、ちょっと焦るけど、復元されるなら、まあいいか。発掘途中の状態を見るというのも貴重なことだけど、埋め戻されて上に何かが建つわけではないので一安心。
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2006年12月08日

●やっぱり、もったいない。

岩槻城の絵図発見 江戸中期は初めて 宮代の関根さん方(埼玉新聞)
 宮代町金原の関根孝吉さん(69)方から、今から三百年ほど前に描かれたとみられる岩槻城の絵図が発見された。畳二枚ほどある大きな絵図で江戸時代中期の岩槻城と城下町が描かれている。江戸初期と江戸後期の絵図は発見されているが、中期のものは初めて。  さいたま市教育委員会文化財保護課は「岩槻城の歴史と変遷が分かる貴重な資料」としている。
埼玉県の三名城のひとつとされながら、ほとんど遺構が残っていない岩槻城。城掟など、資料自体はそれなりに残っている。たしか、絵図自体はこのほかにも残っていたはず。そういう点では、非常にもったいない城。 来年度の一般公開を忘れないようにしないと。
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2006年12月07日

●何はともあれ、めでたい。

高知城西側 県マンション用地購入へ(高知新聞)
 藩政期の遺物が出土、保存に向けた声が高まっていた高知城西側(高知市丸ノ内1丁目)のマンション用地を県が買い取り、史跡として保存する見通しになった。県教委が6日発表した平成19年度当初予算の見積もり概要に、買い取り費用など約5億7200万円が盛り込まれた。県教委は「(土地購入に向けて)おおむねマンション業者との合意が得られた。史跡指定に向けた申請作業を急ぐ」としている。

一応、夏の全国城郭研究者セミナーで、署名したので解決の見通しが立ったということでよかった。そういや、10月の見学会でもこの話になったが、取り立てて保存へのアクションを起こさなかったのはどうったのだろう。

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2006年12月06日

●やっぱりこっちがいい。

成績管理をファイルメーカーに変えて最初の成績処理。中間テストも処理していたけど、いわゆる学期末評価を行うのは最初。とりあえず、まずまず自分のやりたい処理はできるようになった。順位付けでうまく動かない部分もある(順位関数が無いから仕方が無いという面もある)けど、まあとりあえず問題が無い状態にはなった。

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2006年12月05日

●樹木も大事だけど。

佐和山の景観を守れ 彦根・地元住民ら会結成 (京都新聞)
 石田三成の居城があった滋賀県彦根市の古沢町から佐和山町にまたがる佐和山の自然と歴史的な景観を守るため、地元住民が中心になって「佐和山の森を美しくする会」(来本作治代表)を結成し、生い茂る竹の伐採作業やリサイクルの竹炭づくりを始めた。

彦根駅をはさんで反対側にあるだけで、扱いの差が大きい佐和山城。以前にも、間伐のニュースはあったが、市民の理解を得られて、行われているようだ。彦根市も世界遺産へ申請するなら、近隣の佐和山城を大切にしないとね。

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2006年12月04日

●もうすぐ制覇。

今日から、クラシックはアラスカだ。確かテレ玉で見始めたのがリターンズのアラスカの終盤から。一応、全シリーズ見たことになるのか。というか、テレ玉でクラシックが始まるから、今度は最初から録ろうかな。DVDが出るのははるか先というか、絶望的だし。
そういや、日めくり買えなかった。先延ばしにするとこういう目にあう。われながら、学習しないな。

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2006年12月03日

●なかなか絵心があったのね。

松山城に武士の似顔絵、江戸時代建築職人の落書きか(日経新聞)
 松山城天守閣(松山市、重要文化財)の約40年に1度の改修工事で、はがした壁板の裏に描かれた武士の似顔絵が見つかった。松山城総合事務所は、江戸時代後期の再建工事で職人が落書きしたとみている。
先月末にはタイトルだけは、目にしていたのだけど、愛媛新聞のHPは県内居住者のみ閲覧可能なので、肝心の本文記事自体は見られずにいた。 最初は「落書き」とあったので、なにか言葉が書いてあったのかと思ったら、絵だったのか。結構現代的なタッチにも見える。 愛媛新聞も、県外在住者にも開放してほしい。
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2006年12月02日

●まだましな方?

大聖寺城 総構堀に石垣 古地図と場所一致 文化財調査で発見(北陸中日新聞)
 加賀市が同市大聖寺本町の市民病院付近で実施した八間道遺跡の文化財調査で、戦国時代末期に築城された大聖寺城の総構堀(そうがまえぼり)の石垣が発見された。一六一五年に幕府が発令した一国一城令で廃城となり、記録や資料がほとんど残されていない大聖寺城の姿を物語る遺跡として注目される。
正直初耳の城だったけど、どうやらかなり遺構が残っている城のようだ。記録や資料がほとんど残されていないというが、 『加賀藩史料』収録の『山口軍記』に出てくるし、江戸末期とはいえ、古地図にも載っているから、そこそこ残っているんじゃないの?と思ってしまう。もっと資料の無い城を研究で扱うことが多いので、どうしてもね、そう思ってしまう。
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2006年12月01日

●教科書が変わる?

象形青白磁が初出土 喜多方・新宮氏城跡(河北新聞)
 13―15世紀にかけ、現在の福島県喜多方市一帯を治めた豪族・新宮氏の居城跡=同市慶徳町=から、中国の元か明の時代に作られた象をかたどった青白磁の破片が出土した。国内で同様の青白磁が出土した例はなく、当時の会津地方と東アジアを結ぶ交易ルートの存在や、熊野神社と関係が深い新宮氏の実像を探る貴重な資料になるとみられる。
授業じゃ、普通に日宋貿易・日明貿易とか、朝鮮との出会貿易とか教えているが、こんな発見があると、新たな交易関係が出てくるのだろうか。教科書にも大きく影響してくる??となると、新潟の港で交易をしていたのだろうか。
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