2006年09月09日

●今までの解釈は?

築城後、外側に石垣拡張か 博物館、徳島城の本丸を分析(徳島新聞)
 徳島藩祖・蜂須賀家政が一五八六(天正十四)年に築城した徳島城の本丸の石垣が後に外側へ積み増しされた可能性があることが五日、徳島城博物館の分析で分かった。同館は、築城当初の石垣の外側に新しい石を積み直し、本丸を拡張したのではないかと推測している。徳島市教委は今後、拡幅を確認するため、石垣内部の発掘を検討している。

石垣に継ぎ目が見つかったことから、今回の可能性が明らかになったようだ。ただ、もともと東側と西側では積み片が違っていたわけで、実際の石垣を見ていないから分からないのだが、今までその違いをどのように解釈していたのだろうか。

和歌山城など、城内にいろいろな積み方が見られる城はいくつかあるが、よく調査すると拡張などがあるのかも。

Posted by 向かうところ手品師 at 2006年09月09日 23:55
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